 あるいていけば、過ぎ去った夏に会える。 今は、もう居場所がないこの森で、 ぼくは、歩き続けた。 茶色いものが、先に見えた。 ぱっくりと割れた腹から、 転がり落ちる魂。 リスが来て、あたりを見回すと、 一番のりだと言わんばかりに、 今夜の夕食を、持ち去った。 ぼくの探し物は、そんなものじゃないんだ。  まるくて、やわらかい石。 踏みそうになって、とどまった。 オマエハ、ナニモノ? そう、問いかけると、 ヤメトケ、オレヲクッタラ、ワライタクナルカラ。 モシクハ、イノチヲオトスダロウ。 丁度よかった。 ぼくは今、笑いたかったのさ。 嘘をつくな。 お前は、あの笑い顔に、気づかなかったじゃないか。 あいつは、寂しい道化者だ。 結局、お前達には、腹を満たすことしか、見えていない。 ... そうか、栗のことか。 そう気づいた時には、遅かった。 光をあびたキノコは、あっというまに、黒くしぼんでいた。  おい! 草の中から、みどりの枝があらわれた。 おまえ、何をさがしているんだ? おれが、てつだってやるよ。 みどりの枝は、もう1本、枝を取り出した。 ぼくは、答えた。 待ってたよ。 ぼくは、君みたいなヤツを待っていたんだ。 ほら、ここに、蟻をいれたいんだ。 蟻だと? ぼくは、あわてて答えた。 蟻を集めて、蟻の巣を作りたいんだ。 ほら、このケースに入れるだけでいいんだ。 緑の枝が言った。 そうかい。しかし、蟻がほしいなら、 夏に会うことだ。 この道を、ずっと、ずっと、歩いていけば、 いつか、また、夏に会える。 だが、夏は、この森にはいないのだ。 道の先にいるだけだ。 おい、あきらめるなよ。 なぜか、ぼくの気持ちは、素直になっていた。 森の出口が、遠くに見えた。 緑のえだは、葉っぱを広げると、森のおくに飛んでいった。
早稲を、刈り取った後、田んぼにはつんつんと、草が伸びています。 それって、稲なのです。 そして、不思議ことに、すかすかした実がついています。 さわっても、中身はからっぽ。 子ども達と、その田んぼにはいってみました。 虫、いるかな〜 少し、遠いところに、トンボが飛んでいて、子ども達はかけだしました。 でも、待ってるわけはないので、遠くへ飛んでいってしまいました。 ちぇ〜っ。。。 虫えんよーー。 虫除け対策はしましたが、やっぱりかゆい。 でも、足元をよく見ると、黒いものが。 ん? こおろぎ? さらに、じいっと見ると、こおろぎの小さいものが、 ピョンピョン、飛び回ってるじゃないの! 摑まえようとすると、あっというまに、草の間を抜けていってしまいます。 遠くで、1人が、呼びました。 おーい、バッタがいたぞぉ〜! すると、子ども達は、あわててそっちに、走って行きました。 保育園の2倍以上ある田んぼは、走っても走っても、ぶつかりません。 自分の足元を見たら、ん?草が怪しく動いてる。 それって、バッタ? そうっと、手を伸ばして、両手で挟むと、小さなバッタ♪ 先生も、バッタ、ゲットしたよ! 今度は、子ども達が、どどどどどっと、私のほうに、駆け寄ってきました。 いいな、いいな。 そういって、かごを、差し出します。 みんなも、採ったら?? だって、虫いないいもん。 うん、なかなか、いないですね。。 ところが、また、むこうで、別の子が、バッタ発見! 再び、子ども達は、どどどどど。。。 静まった、あたりを見回すと、不自然な草の動きは、あっちにも、こっちにも。 いるんじゃないの〜♪ 今まで、見えなかったのが不思議なくらいに、たくさんの小さなバッタがいました。 たまに、えんまこおろぎもいますが、 それは、私の気持ちには、ぴったりこないので、触れません。 再び戻ってきた子達の手を、順に持って、摑まえさせてあげると、 初めは、手に力が入っていた子も、だんだん覚悟を決めて、つかまえていました。 いない、いない。 そういっても、私の指先を見ると、バッタがいて、うれしそう。 その繰り返して、ほとんど全員が、バッタを掴まえることができました。 独り立ちした子ども達、自分でも取れる子が、いっぱい出てきました。 私も、じぶんだけでも、15匹は捕まえたので、小さい子にいっぱいお土産が出来ました。 保育園にもどって、ホールで、バッタの運動会。 先日の絵本が刺激で、子ども達は、バッタと仲良く遊びました。 一緒に飛んだり、手にのせたり。 他のクラスの先生が、きゃあ、やめて!! ふふ、犠牲になっていました♪
 薄いピンクの、ミスルーシーと、白いサブランカ  プスキニア リバノチカ  バラード パープル・アイスクリーム もう、お花の出費は、極力避けようとしましたが、現物を、というか ラベルをみたら、ほしくなって、それでも、がまんして、この5点。 いいわけになりますが、別な店で、別な日に、それぞれ見つけたんです。 見逃して〜 この土日は、リーが帰っていて、私は忙しかった。 ちゃっかり者に、ふりまわされながらも、 成人式の振袖を、友人の娘さんに借りることになっていて、 それを、見せてもらいにでかけました。 小さいころ、遊んでくれた彼女も、今は、ママです。 なのに、すっごいスリムで、その母(知人のこと)とは、全く似てないんですね、これが。 言葉には出来なかったが、ベイビーは、おばあちゃん似かしら! さて、振袖のお話。 その振袖は、黒地で、全体に金糸かラメか、光っています。 お花は、サクラの模様ですが、全体に落ち着いた絵柄ですが、 お花ひとつひとつ絞りでかわいらさがあります。 私は、もちろん、りーも、低いテンションで喜びをあらわしていました。 若いママさんも、りーも、ギャル子なので、 着物の好みが同じで、よかった、よかった♪ 私のを着せようと、言ってた母も、これで納得していました。 振袖というものは、母親の最高の、着せ替えなのかもしれません。 私は、着物を買ってあげることはできませんでしたが、 貸してくれるといった、友人や娘さんのやさしさが、 何より、成人式のお祝いの気持ちとして、うけとれるものだと思うのです。 そして、私のを着ても、その黒いものを着ても、どっちでもいいよと、 言ってくれたりーの、気持ちも、うれしかったです。 たぶん、好みは、その新しいもののはずです。 口には出さなくても、私のものを着せたい祖母の気持ちが、 わかる子に育ってくれたことを、実感しました。 ふだんは、自分の意思を曲げない子なので、どっちでもいい は、最高に、自分への愛情を感じてる言葉だと思うのです。 そんな喜びで、球根に、勢いづいた!と言ったら、いいわけかしら。
先週、いちごの植え替えの後、種まきもしました。 いちごの後は、狭い場所ですが、すっきりしました。 今のうちに、腐葉土と、苦土石灰をまいて、掘り起こしてあります。 そこには、11月になったら、チューリップの球根が仲間入りします。
 コンテナ・スイートピー
|  スイートピー
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まず、スイートピーをまきました。 いつもは、もっと遅い時期になってしまいますが、 発表会が、12月になるというので、その頃には、 もう、庭どころではなくなると、私のかしこい頭脳がいいました。 なんか、やっぱり大きいクラスは、行事に追われているのが苦しくなります。 あ、また、愚痴ってる。わは。 で、勿忘草は、すでに、直播きしました。 小ウメの木の足元が、あいていたので、今年の春のチューリップを掘り起こしたものは、そっちに植えて、その上にまいたというわけ。 たとえ、しょぼいチューリップであろうと、植えないのもかわいそうだし、不揃いでも、木の根元に生えているのなら、それ相応の、絵になるんでは、とあわい期待。 植えるのが、早いので、心配ですが、ここでやっとかないと。 買ってきたメインの球根は、今咲いている、トレニアや、サルビアの後になるので、そのときは、それなりの時間を確保しないとね。

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こちらが、そのトレニアと、サルビア。 トレニアは、こぼれ種から、あちこちに咲いたものを、 ここへ、集めてきました。

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シュウメイギクと、ホウセンカ。 ホウセンカは、数年前に、何かでもらって巻いたものが、 忘れずに咲くのです。 しらないうちに、タネがこぼれてるみたいで。 気がついたのは、8月の後半。 9月になったら、急に花がこんもりしました。 近所の方にも、いまどき珍しいと言われたりします。 このあたりが、すこし淋しくなったら、チューリップの植え付けです。 前にも書きましたが、雪の降る前に、芽が大きくなりすぎるのは、NGなので。 かといって、冬の寒さを知らないと、花が咲きません。 今に、トレニアは、葉っぱが赤く変わってきます。 そしたら、冬の準備です。
ちょっと、寝るつもりが、起きたら真夜中。 運動会が終われば、楽になると思ったものの、 記録とか、いろいろ事務がたまっていて、パソコンを開けても そればっかり。 先週のうちにやっとたはずなのに、できなかったんだな、これが。 でも、やる時間なかったから、残ったわけで・・・ま、いいや。 ぐちって、ごめんなさい。 書こうとしていたこと、一気に、書き上げます。 * * * * * * * * * 今週というか、先週、 近くの田んぼで稲刈りを、子ども達と体験させてもらいました。 自慢じゃないけど、夫の実家は田んぼを作っていましたが、 まだ、一度も、体験してないまま、ん年。。。 今年は、子ども達に実際にカマで、稲刈りをさせてくださるというので、写真撮影のあと、一緒に稲を運ぶ、まねだけしました。 まねって、ほんとは、お礼にバリバリやろうとしましたが、 稲を束ねようとしても、うまくない。 コンバインまで、運んだものをぐるぐるまわっているところに、はさむのも、こわい。 と、まあ、役立たずであり、いないほうがまし、という散々な結果になったわけです。 子どもたちにも、運ばせようとしましたが、束ねたものをおとしたり、 穂先がずれたり、と、かなりの、ロス。 これまた、時間の無駄。 というか、無理。 さすがに、小学生は、てぎわのよい、カマさばき。 高学年ともなると、稲の扱いも丁寧で、器械の前にずらりとならんで、 おじさんたちに、渡していました。 そして、気づいたことは、落ちている稲の、1本1本を、 農家の人たちが、大切に集めていらっしゃるということ。 それなら、私にもできました。ほ〜っ。 考えてみたら、お舅さんにも、コンバインがやるから、来なくていいと、言われてましたね。 機械なら、どんどん刈って、どのまま穂先のもみだけ、収穫して、わらと化した、茎は短くきれて、ぽいぽいと、地面に落ちてくるのですもの。 そして、もみのほうは、うまく袋に収穫されるというわけ。 つみ残しが出ません。 それでも、ずっしりと実の入った、稲穂をかかえただけで、 まだ、手作業だった時代の、お百姓さんたちの、喜びを 生まれて初めて共感できたように思いました。 ご飯を炊くということ以上に、コメを大切にしている 農家の方たちの姿を見せていただいたことが、食育だったと思います。 さてさて、翌日の連絡帳。 やっぱり、この子達、すごいわ。 『稲刈りで、カマの使い方まで、教えてもらってありがとうございました。 家でも、さっそく草とか刈ってくれています。』

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